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続いたら奇跡

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生きるとは

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 昨日寝る前にふとこのようなことを思いついたので呟いて寝た。

あ、申遅れました私うつ病なんですけれども。(軽iいノリで言う)
自分の考えをまとめられそうなので今日はうつ病を患ってから見える世界、それについての自分の考えを書きたいと思います。

うつ病の症状として

・消えたい(この世からいなくなりたい)

希死念慮(死にたいと思うこと)

が症状の一つにあり、これらは大変精神的苦痛を伴います。

もちろん私もあります。(今は相当軽くなったのでたまーに症状が出るくらいです。)
これらの症状は、脳が「生きたい」ホルモンを出せなくなった(言い方に語弊有り)ためだと考えられています。※諸説あります

うつ病 - Wikipedia

まぁ難しい話は抜きにして、現うつ病患者が考える「生きるとは」について私なりの考えを。
本来、生きたいと思うのは人間の生存欲求からくる感情の一つです。三大欲求の「食欲、睡眠欲、性欲」は自分が生き延びようとするため、また性欲に関しては己のDNAを残したいという生物としての根本的欲求が根底にあります。この欲求は生物にのみ起こる現象で、逆にこの欲求がある物体は生物と定義しています。(説明が雑すぎて生物学関係者に見られたら怒られそうですが。) DNAを残す行為は生物と定義される物体の共通事項です。

うつ病は、これらの欲求がすべて消え去ります。
「食べれない、眠れない、性欲ない」
生物の定義にそぐわないことが次々に起こります。

「生きること」が課せられた生物にとって、これは大変由々しき事態です。
なので自身の頭の中で、また回りの生物(人間)からも「それじゃいけない」と本能的に否定が起こります。
この摩擦、ギャップが余計にうつ病をこじらせる原因となるのではと私は考えています。

話を「生物」から「人間」に絞ってみましょう。
人間は言葉を使ってコミュニケーションする生物です。また他の生物の違って高度文明を築くこと、「生きるとは何ぞや」と考えることができるデカイ臓器(脳)を持った生物です。人間以外の生物は、生きるって何と考える間もなく生きています。なのでうつ病になった人間以外の生物はあっという間に死んでしまいます。(人間以外にもうつ病は起こることは実証されています。確か。多分。←あやふや)
厄介なことに、人間は思考することができるため「なぜ生きる?」と考えるようになりました。人間って面白いね。
また、生きることの逆、死ぬことに対して恐怖心を抱くようにもなりました。他の生物も恐怖心を抱くかもしれませんが、あまり詳しくないので今回は人間に絞って話しを進めます。

「生きたい」とは、「死にたくない」ということです。
ところがうつ病患者はその欲求が一時的に麻痺しているため「死にたくない」と思わなくなってしまいます。
しかし、麻痺はしていても「死ぬなよ」という信号は常に自分の脳からも周りの人間からも送られてくるため「自分の考えは間違っているのか?」と疑念を抱くようになります。「死にたいって思うことは異常なんだ」と自分を余計に責める傾向にあります。結果「死ぬって何だ、逆に生きるって何だ」と常に自分自身に問いかけることになります。

本来生物は「生きる」ことを課せられているため、そのことに対して特に疑問を抱くことなく生活しています。逆に、死ぬことに対して考えないようにプログラムされています。死なれてはDNAが困るから。(言い方に語弊があります。)
うつ病患者はDNAを残す行為がどんなに大変なことであるかを常に考えさせ続けられます。つまり、普通に生きている人間より「生きる」という大変エネルギーがいる行為について向き合っているのです。

話を最初に戻します。
「死にたいと思うことは、死ぬまでの時間をどう生きるかについて考えるということ」冒頭の呟きには、生物の当たり前の行為を当たり前にできなくなった人たちに向けての私なりのエールです。もちろん自分自身へのエールでもあります。

生物は「死」を恐怖としてプログラミングされています。それは、なるべく自身が生き延びてかつ繁殖(DNAを増やすこと)を目的としているからです。
うつ病になっても、恐怖は消えません。ただ、「死」という生物にとって最大の恐怖とプログラミングされていることと向き合いながら生きています。それってすごくエネルギーがいることです。日々、「死」ということに向き合っている貴方はすごいです。
どうしても人間は反射的に「死んじゃいけない」と思ってそれを考えずにすごしているし、周りにそんな人がいたらやはり反射的に「死んじゃいけない」と言います。
でも、死という恐怖と戦わざるを得ないことを健常者はどこまで理解しているでしょうか。うつ病患者自身も、「死んではだめだ、でも死ぬことを考えてしまう」ともがいています。
何回も繰り返しますが、死ぬことって怖いことと生き物はプログラミングされています。その当たり前のことを疑問に思うのは生物に対する挑戦でもあります。その戦いに挑んでいる貴方を、誰が責めることができようか。

生きることについて悩んでいる貴方は、その時間の間生きるとは、死ぬとはということについて考えている証拠でもあります。だから、そんな自分を責めないでください。
少なくとも私は、あなたを責めない。むしろ、その勇気を褒め称えたい。

決して助長するものではありません。
ただ条件反射で「死ぬな」と思うことについてはそれなりの理由があり、かつ考えていないことの証拠でもあるので、あなたが責められる故はどこにもないという私の考えを示したいと思います。

死について考えることは、生きることを真剣に考え、その一分一秒を当たり前と思わずすごす人間にしかできない行為です。
今、生きることが苦しいあなたへ、私からのメッセージです。